【昭和の怪奇事件】狂気!「死体に"縫い込まれた"赤ちゃんの死体」猟奇的事件の真相とは・・・

   

死体の中から赤ん坊が…!?

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昭和23年(1948年)1月30日の朝日新聞の社会面に「死体に胎児を縫込む」なる奇妙な記事が掲載されている。
1月28日午後3時頃。渋谷区のとある火葬場にて、ひとつの遺体が荼毘に付されようとしていた。遺体の主は先日、胃ガンのために亡くなった野口伊太郎さん(仮名:享年62歳)で、野口さんの遺体は家族とのお別れが済み釜の中へと入れられた。
そして、火をかけて数分後、釜を見守っていた火葬夫が真っ青な顔をしてこう叫んだ。

「大変だ! 釜のなかに小さい赤ん坊がいるぞ!!」

火葬夫は慌てて火を止め、野口さんの死体を取り出したところ、野口さんと一緒に生後8ヶ月の半焼けの赤ん坊の死体が出てきた。野口さんの腹には大きな傷口があり、どうやら赤ん坊は野口さんの腹を突き破り出てきたようだった。もちろん野口さんは男性であり、妊娠などしているはずもない。「いったい何故、見知らぬ赤ん坊が…」火葬場は野口さんの家族も含め一時騒然となった。

若き医師の判断

いったい何故、野口さんの死体のなかに見知らぬ赤ん坊がいたのか……。朝日新聞の記事によると、犯人はすぐに判明したという。

野口さんの体に赤ちゃんを縫い込んだのは野口さんの執刀を担当した37歳の外科医助手・松木氏(仮名)だったのだ。
野口さんは胃ガンを治療するため、昨年末からこの病院に入院していたのだが、手術の甲斐なく1月26日に死亡。執刀を担当した松木助手は、死亡した野口さんを死体解剖し内蔵を取り出すため、代わりに入れる詰め物(通常は綿などを入れる)を探したのだが、当時は戦後すぐの物資不足のため、手頃な詰め物が見つからず、松木助手は看護師に、標本室からホルマリン漬けの赤ん坊の2体を持ってくるよう指示。そして松木助手はその場でビンから赤ん坊の死体をずるっと取り出し、内蔵の代わりに野口さんの体に縫い込んでいたのだ。

彼の内蔵が欲しかった

常人にはとても、理解しがたい行動であるが、遺体を縫い込んだ理由に関し松木助手は記者にこう語っている。
もともと、野口さんの遺体は、ガンの摘出手術を何度か繰り返したため体がボロボロになっており、不憫に思った家族が「もうこれ以上、父の体に刃物を入れて欲しくない。死体解剖はしないで欲しい」とお願いしていたものだった。
しかし、松木氏は自分の研究ため、どうしても野口さんの臓器が欲しくなり、独断で死体解剖を行い、内蔵を盗み出すことを決意した、というのだ。

病院長の話によると、松木助手は日頃から研究熱心な人物で、(金目的などで)とても他人の臓器を盗み出すような人物とは思えず、「彼の限りない人体に対する興味が今回の事件に繋がったのではないか」と推測している。
なお、勝手に遺体を解剖され、さらに見知らぬ赤ん坊の死体を詰め込まれた遺族は当然、カンカンに怒り「死体損壊罪で法的に訴えるつもりだ」という(その後、松木助手がどうなったのかは不明)。

あまりに常識を逸脱した猟奇的犯罪であるが、その実態は、若き医師による限りない人体への興味および関心が招いた類まれなる怪奇事件であった。

最後にもうひとつ怖いお話を……。
前述のとおり、松木助手は野口さんの体に「2体」の赤ん坊の死体を縫い込んでいる。しかし野口さんの腹のなかで発見されたのは生後8ヶ月の半焼けの赤ん坊の死体1体のみである。
果たして、もう1体はどこに消えたのだろうか……?

参照:読売新聞縮刷版

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